ナベヅルは北へ向かい、八代に春の訪れを告げる。
ナベヅルは、八代盆地西側にある瀬田さんが営む果樹園上空辺りから北を目指すそうだ。
今期の飛来は28羽で前期の倍。1997年以降24年ぶりの数である。会主催、毎秋のねぐら整備は今年度、市内外から250人が参加。私も初参加したが、老若男女例年より多くの参加と聞いた。ツルを待ち侘びる人の数が飛来数増加に影響したに違いない。
本州唯一のナベヅル越冬地、八代。
標高500メートルの小高い山々囲まれた八代盆地に暮らす人々は、長い間ツルを護っている。昔々日本にはツル舞う風景が随所にあった。明治ごろ乱獲が始まり激減。八代の人々は禁猟を訴え続ける。大正に入り1921年、内務省から天然記念物に指定を受けた。1955年には文部省から八代のツルとその渡来地として特別天然記念物に指定され、その後は鳥類保護発祥の地とも云われるようになった。
「条件の良い場所は他にもたくさんあるのに、なぜ狭い八代盆地に今だ飛来してくるのか奇跡的。いつまでも鶴に愛される八代を、ツルの舞う山里を保ち続けたい」と、誇らしげに語る瀬田さんは2018年から会長。お父様静香さんは、八代の人々のツルへの愛情が詰まった『八代の民俗』の著者だ。
「外敵から身を守る意味でも人が手を加え、草を刈り、見晴らしの良いねぐらを作ることが大切。人がいないとツルは来ない。そのために八代は元気でなければ」と、八代を中心に全国30人の会員と共に草刈りや給餌や監視所当番など年間通じて活動する。
また八代小で講座を開き、ツルを護ってきた心を子供たちに伝えている。
十数年前に八代小の皆さんにインタビューした折、登下校時にはランドセルや帽子の色がツルの刺激になるからと抱きかかえ、ツルと目を合わせないよう黙って通り過ぎると聞き、感心したものだ。校章にツル、運動会では『鶴の舞』が八代小の伝統。ふるさとの景色には、いつもツルがいる。
「豊かな自然が保たれ、舗道が整備され下水も整ったのはツルのおかげ。ツルの恩返しです。ツルは友達以上、宝物のような存在」と瀬田さん。ツルには人と地域を結びつける力がある。手つかずの自然ではツルは来ない。手を加えてこその自然保護。
3月、瀬田さんは快晴の空を旋回し上昇する28羽のナベヅルが見えなくなるまで願いをかけ見送った。「また秋に来てくれよ」
実りの秋、人々の願いを知る鶴の里帰りがもう待ち遠しい。
(文:恵雅子 写真:林義明)